2002年11月  課題 「小春日和」
 
小春の一日                     
                              
 居間のガラス戸越しに見る空が今日もどこまでも青い。食べ頃に色づいた庭の柿と青空の対比はいつ見ても爽快だ。我が家の15才になる「おばさん」ネコは、いつものようにガラス戸近くで長々と横に伸びている。からかい半分に、踏みつけるように足の裏でおばさんの横腹を頭から尻にかけて撫でる。それでも知らぬ顔で目を閉じている。そんなことぐらいでは、日だまりの惰眠というこの悦楽は放棄できないと言っているかのようだ。

 昼前、郵便物が届く。その中に、浦島猛さんから送られた「冬至の太陽」のテープがあった。私は夏に今までのエッセイをまとめ「冬至の太陽」という本にしたのだが、アマチュアミュージシャンの浦島さんがそれを読んだ時の感興を曲にしたものだ。エッセイ教室の夏の軽井沢旅行の時、突然浦島さん自身がペンションのピアノで演奏してくれた。私の本のための曲。私は感激し、是非テープを欲しいと所望したのだが、その後、録音機材も売却したし、アーティストのダンディズムとして、あれはあの場限りのことにして欲しいと彼から手紙が来た。あきらめられない気持ちでいたところに、今になって送られてきた。浦島さんの心変わりの理由が何であれ大変うれしいことだ。

 早速、妻と一緒に聞く。今回のは途中から弦の響きも加わり厚みを増している。ゆったりと流れる美しく、力強い旋律は、私が一年でもっとも好きな晩秋から初冬にかけての季節、ちょうど今日のような日を思わせる。

 昼食をすませ、妻と新治市民の森の散策に出かける。週末の日向山ハイキングの足慣らしだ。出がけに、来週末、公園で行う自治会主催の町内豚汁大会の時の薪の焚き付け用に、枯れた小枝を拾ってくることを思いつき、大きなポリ袋を持って出た。家から五分もすると森の入口だ。入るといきなり杉の林で、日差しの届かない地面は湿っていて深山の趣がある。

 新治市民の森は私が住む横浜市緑区霧が丘の東南に位置する、50ヘクタール余りの自然林だ。杉林を過ぎると今度は広葉樹林になる。左手は鬱蒼と雑木が茂る薄暗い谷になっていて、その名も「むじな谷戸」という。やがてまた杉とヒノキの樹林となる。小枝を拾い、袋に詰める。たちまち袋が一杯になったので、太めの木の枝を拾い、袋の取っ手に通し、背中に担ぐ。不細工な格好だが、ウイークデーとあって誰にも会わない。こんな時には昔の人みたいに、竹篭を背負っていれば便利だろうなと妻と話す。

 森が切れると旭谷戸に広がる農地だ。あちこちで農民がサツマイモや里芋の収穫や秋野菜の手入れをしている。いずれも年配のカップルだ。大根や白菜などが大きく立派に育っている。谷戸の一番奥にある水田では、今時では珍しい稲架に掛けられた稲束が、傾きかけた柔らかな日差しを一杯に浴びている。

 夕餉は今シーズン初めての鍋料理。日が落ちると急激に寒くなる。11月末の寒さとか。鍋がうまい。白菜とニンジンは間に合わなかったが、ネギは我が菜園産のものだ。次回の鍋には白菜もニンジンも間に合うだろう。

 食後また「冬至の太陽」を聞く。曲のように穏やかで満ち足りた一日。

 すべて世は事もなし(All's right with the world)。


  
 稲架(ハサ)に架けられた稲 旭谷戸

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