2003年1月 課題 「毛糸」
編物に挑む
「あんたの手編みのセーターを着たことがあるだろうか」と妻に聞いてみた。私には余り記憶がないのだ。ずっと前に編んだことがあるはずだと妻は言う。今はカーディガンを編んでいるのだが、セーターと違って、部分部分に分けて編まなければならないから、なかなか進まないのだとのこと。最近は頭からかぶるセーターは着たり脱いだりするのが面倒なので、私はもっぱらカーディガンにしている。それで、妻はカーディガンを編み始めたのだ。編みかけのそのカーディガンはモスグリーン色で、盛り上がった縄模様から、伸びる木の模様まで入っていて、なかなかの見栄えだ。アラン編みといって、アイルランドのアラン諸島の漁民に古くから伝わる編方だという。どうしてそんな複雑な模様が編めるのかと聞いたら、2本の編棒の他に、凸の字の上の部分を平たくしたような短い棒を示し、これに編糸を掛けていくことで、縄目模様や、木模様ができるという。まるで魔法のようだ。 縦糸と横糸を組み合わせて布ができることは直感的に理解できる。しかし、1本の糸から布ができる編物というのは、子供の頃から不思議に思っていた。自分で編んだことはないが、編物を解くのを手伝ったことはある。母が毛糸をたぐるにつれて、私が手に持った編物が右から左へ、左から右へと、見る見る解けていく。確かに1本の切れ目ない糸から布ができているのだ。一つ一つの編目が解けるときのかすかな音と、手に伝わる振動は快いものだった。 この際、自分でも編んでみて、長年の編物の魔法を解き明かしてみよう。そう決意し、新年早々、妻に手ほどきを受けた。もっとも単純な編方でできるマフラーを目指すことにした。紺の毛糸であらかじめ最初の編目を作ってもらい、それから始めた。編棒に巻かれた糸にもう一方の棒を通し、それに糸を掛け、輪を作って抜いていく。基本の動作はこれだけだ。つまり、一つのループの中を通して次のループを作る。ループは編み棒の上に交互に保たれていく。これを次々に続けていくことにより、1本の糸で布ができる。これが編物の魔法の秘密であった。誰が考えたにしても、編棒による編物というのは間違いなく人類が生んだ偉大な発明の一つであろう。 妻は、糸を掛けるのに右手の人差し指をうまく使って、素早く掛けていく。片方の棒からもう一方の棒に編目を移すのも素早い。私はいちいち糸をつまんで掛け、編目を移すのももたもたするから、時間がかかる。一列編み終わったら、今度は編棒を通す方向を変える。そうすると、裏と表で編模様が違うものになる。私が間違った方向から棒を通したり、あるいは糸を掛ける方向を間違えたりすると、別の編目模様ができる。ちょっとしたことで、できる模様が違うのも驚きであった。複雑な模様もこうして作るのだろう。 それにしても根気の要る作業だ。私は肩は凝らなかったが、左腕の筋肉が痛くなった。やり始めて3日で10センチほど編めた。透かしてみると、編目が大小様々で不揃い極まりない。それでもこの冬中の完成を目指し、コンピュータ相手の将棋の時間を減らして、頑張ろうと思う。 補足
左腕の筋肉痛はなかなか引かず、その後編み物は中断したままだ。
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