2004年11月 課題 「台風」
「トカゲ台風」
                              
 キャサリン、ジェーン、キティ。懐かしく思い出される名前だが、キャサリン・ヘップバーン、ジェーン・フォンダ、キティちゃんではない。私が小学生の頃、戦後間もない日本を襲って大きな被害をもたらした台風の名前だ。

 これらの名前は米軍が付けたもので、英語の女性名をアルファベット順に台風名とした。そういえばダイアナ台風というのもあった。ダイアナは、Dつまり4番目の台風だから、きっと早い時期に来たのだろうと思い、調べてみたら6月に来襲している。キャサリン、ジェーン、キティはいずれも9月に来襲した台風で、アルファベット順で行けばKとJ、11番目と10番目になる。

 1979年からは男女交互の名前方式に改められたものの、米軍は北西太平洋地域の台風の命名にこの方式を99年まで続けた。我々は「キャサリン」や「ジェーン」と聞いても身近にその人を連想しないが、日本式にいえば「明子台風」や「百恵台風」に相当し、具体的な顔が浮かんできて、とてもつけられないだろう。アメリカでは北西太平洋以外では今でもこの方式で命名している。

 昭和28年以降は日本での台風名は発生順の番号で呼ぶことになった。番号名は無難ではあるが味気なく記憶に残りにくい。15号台風と言っても、昨年の15号も、今年の15号もある。記憶に残りにくいことは災害の記憶が風化しやすいことである。

 2000年からは北西太平洋地域に発生した台風には、関係14カ国が出した独自名140個を順次当てはめていくことになった。番号だけでは覚えにくく、またアジア独自の名前を付けたいということで始まった命名法だ。この方式はまだ定着していないが、番号方式よりずっと良い。日本も星座名から10個の名前を提出している。今年舞鶴地方中心に大きな被害を出した23号台風は「トカゲ」という名前になる。たまたま日本が提案した名前に当たったのだ。

「トカゲ台風のときは水没したバスの屋根の上で一夜過ごした…」などと、何年か後になって被災者が体験を話すだろうか。多分「トカゲ台風」とは言わないだろう。その前の22号は香港が出した「マーゴン」(山の名前)という名になる。「マーゴン台風」だったら抵抗がない。日本が出したリストはトカゲの他に、てんびん、ウサギ、かんむり、コップ、ヤギ、カジキ、クジラ、コンパス、ワシである。いずれも台風の日本名としては使いにくい。日本を襲う大きな台風に日本名が当たらないことを祈るしかない。

 強烈で被害の大きな台風には日本の気象庁が独自の命名をする。伊勢湾台風と洞爺丸台風が有名だ。独自の名前は1977年の沖永良部台風を最後につけられていない。番号名の台風で私の記憶に残るものはない。キャサリン、キティから始まって洞爺丸、伊勢湾で台風名の記憶は終わっている。

 昭和22年9月に紀伊半島沖から房総半島をかすめたキャサリン台風の死者行方不明者は1900人以上、伊勢湾台風の犠牲者は5000人を超える。

 それを思うと、30年近く台風の独自名がないことは、日本の治山治水が大きく改善された証拠でもあり、喜ぶべきことであろう。
 
 補足
 この課題が出された9月の教室の日は、「トカゲ台風」が来襲する前日であった。
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