2026年10月 課題:秋の雨

雨の季語

 「春雨じゃ、濡れてまいろう」

 新国劇『月形半平太 』の名場面、京都三条河原町で、勤皇の志士月形半平太が、傘を差し掛ける舞妓にいう一節。春雨だから言える言葉であって、「秋雨じゃ、濡れてまいろう」とは、半平太が粋がったところで言えまい。
 
逆に、

 酸多き胃を患ひてや秋の雨  夏目漱石

 
 胃弱に悩み、胃潰瘍で亡くなった漱石の境涯を表すには秋の雨であって、春雨では適切でないだろう。

 雨の季語はたくさんある。どんな季語がよく詠まれているか『角川大歳時記』で例句の数を調べてみた。

 秋の雨 9、春の雨 32、春雨 34、梅雨 55、五月雨 45、時雨 111、初時雨 34。

 秋の雨が圧倒的に少ない。秋雨は秋の雨の傍題季語として扱われているから、秋の雨少なさには驚く。

 「春の雨が華やかさを含んでいるのに対して、この季節の雨はひたすらにものさびしい。秋の雨は秋季の雨の総称、秋雨は梅雨のように降り続く秋霖であり、しかと区別して用いたい」と『角川大歳時記』は秋の雨を解説。

 一方春の雨は「雨はどこか暗さを含むものであるが、この季語には春という季節特有の華やぎが感じられる」とされている。また、春雨は「ようやく出て来た木の芽を育み、咲き誇る木の花にやさしい雨である」としている。

 もっと驚いたのは時雨。他の季語を圧倒する。「冬の初めに降る通り雨。降る時間は短く、地域も限定されている。・・・降りみ降らずみの時雨の降り方は、定めなき世、あるいは人生の無常を象徴するものとして、注目されてきた」。

 時雨は山に囲まれた京都や奈良などでよく見られ、特に京都では歌人たちに愛され、京都の初冬の美意識として完成されたと、俳人の櫂未知子は言う。そういう長い伝統があることが多く詠まれた一因だろう。時雨には傍題季語が朝時雨、小夜時雨、北山時雨、月時雨など17もあることも例句が多い理由だろう。

 さらに初時雨は時雨とは独立した季語で、34句、秋の雨の4倍近く詠まれている。「とうとう冬になったかという感慨が込められている。ものみな枯れつつある時のわびしさがあると同時に、俳句にたずさわる者の詩情を掻き立てる力がある」と櫂未知子。

 初しぐれ猿も小蓑をほしげなり     芭蕉

 古来、和歌でも漢詩でも、猿は晩秋の甲高い鳴き声を哀しみの象徴として詠むものとされてきた。それを俳諧化して「小蓑を欲しげなり」としたところに芭蕉俳句の革新性があり、芭蕉屈指の名句とされる。

 この他にも春時雨、青時雨、秋時雨、夕立などたくさんの季語がある。雨にこのような多くの名称を持つのは世界で日本だけだろう。島国であり、地形が複雑な日本ならではのことだ。日本人の繊細な季節感もそれに育まれてきた。

 昨今の長い夏や、「記録的」大雨など異常気象は、従来の季節感では対処し難くなった。しかし、俳句は個々の季語に対して新しい見方、意味を加えて発展してきたから、気候変動に対応して季語の本意も変化していくのではないか。

2026-10-21up

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