ワールドカップと『ネイチャー』 

                        TASK Monthy  No.323  2002年11月 

 3.88,  4.11, 4.66、4.0,  5.38,  3.6,  2.78,  2,78,  2.96,  2.55,  2.68,  2.8,  2.53,  2.21,  2.71,  2.67,  2.52

 これは第1回大会から、最新の第17回の日韓共同開催に至るまでの、サッカーワールドカップ大会の1試合あたりの平均得点数の推移だ。1958年のスエーデン大会の3.6点を最後に、後はずっと2点台に落ちたままだ。攻撃型から守備重点へというサッカーの戦法の変遷が見事に示されている。

 1960年前後、私が教わったサッカーの布陣は、フォワード5人、ハーフバック3人、フルバック2人というものであった。今ではこうした呼び方も変わり、フォワード(またはトップ)、ミッドフィルダー、ディフェンダーになり、ディフェンダーは3人ないしは4人、トップは1人または2人だ。明らかに守備に重点を置いている。

 今回の大会の2.52という平均得点は、WC上2番目に低い。私もたまたま横浜国際競技場でエクアドル対クロアチアの試合を観戦したが、得点シーンが見られたのは1回だけで、高い入場料にしては不満が残った。出来れば2対2で、5点目をどちらが取るかで勝敗が決まるようなゲームが見たい、というのが多くの人の思いではないだろうか。

 1990年のイタリア大会は2.21というWC史上最低の平均得点で、「まれに見る退屈な大会」と酷評された。当時目を通していた『ネイチャー』誌がこの問題を取り上げていたという記憶があった。それで調べてみたら、1990年7月12日号のOPINION欄にあった。

 イタリア大会のように少ない得点では、2つのチームの相対的実力が客観的に表されないと同誌はいう。そして、両チームの力の差が有意な得点差として検出されるためには、12時間以上の試合時間が必要なことを、得点のポアソン分布とか、統計のF検定という概念を用いて導き出す。12時間以上の試合というのは無理だから、いっそゴールポストの間隔を広げたらどうだ、というのが『ネイチャー』の主張だ。

『ネイチャー』の主張は実現していない。ゴールポストがあと30センチずつ左右に広かったら、今大会の日本対トルコ戦での、ポストに跳ね返された三都主のFKはネットに突き刺さっていた。相手にもそうしたチャンスがあったはずだから、それで日本が勝っていたというわけではない。しかし、3対2くらいの得点で勝敗が決まったのではないか。

 それはさておき、世界最高の科学雑誌に取り上げられたサッカーという競技の世界性と、『ネイチャー』の関心領域の広さ、懐の深さを改めて感じさせる記事だった。
 
 2022-04-23 up

   
   

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