3)skinny:やせた
「Hajime,
you look skinny」と、82年、ノースカロライナ州で開かれた学会で、4年ぶりに再会したアメリカの知人は言った。
skinnyという言葉は初めて聞く言葉であった。skinの形容詞だから、やせているという意味だろうととった。確かに、前に会ったときに比べて、私は3,4キロはやせていたかも知れない。日本でも昔、ガリガリにやせた人を「骨皮筋衛門(ほねかわすじえもん)」と言った。私は中肉中背、多少やせても標準体重以上あるので、骨皮筋衛門ではないが、skinnyという英語表現には親しみを感じた。これもくだけた英語で、教科書には出てこない言葉だろうが、日常の中で自然に体験した言葉であるから、私にとっては忘れがたい言葉である。
4)undo:元に戻す、
unlearn : 逆学習する
undoという言葉に初めて接したのは、パソコンを使い出した頃だ。まだウインドウズが出回っていなくて、NECの98型のパソコンである。そのファンクションキーの一つを押すと「アンドゥ」 というコマンドが実行できた。「アンドゥ」は英語のundoで、「元に戻す」と言う意味だと知った。 接頭詞unは形容詞に付いていることが圧倒的に多く、否定・反対を意味する。unfairなど日本語になっているほどなじみのある言葉だ。だから、unは否定・反対の意味だと思いこんでしまう。その延長で動詞の前についたunも否定・反対を意味すると思ってしまうから、doの前にunをつけて「行わない」という意味がまず浮かんでしまい、undoが「元に戻す」だといわれると奇異に感じるのだ。動詞の前のunは逆の動作を意味するということを知らなかった。 unlearnというのも、理解しにくい言葉だ。英和辞典には「〈学んだことを〉自ら忘れる」と出ている。この言葉に接したのは、DNA2重らせんの発見者、フランシス・クリックの来日講演の中である。夢の本質についてクリック独特の考えを述べたのだが、その中心にあるのが、夢は脳の「unlearning process」であるという考えだ。脳は外界から常時入ってくる多量の情報を全部蓄えていたらパンクしてしまう。それで、睡眠中に情報の整理を行って、必要でない情報は捨て去るが(unlearn)、その過程が夢であるというのだ。「unlearning」は『リーダーズ英和辞典』には収載されていないが、「逆学習」という日本語が当てられている。
5) indent
: インデント、 indentation : 窪み
indentという言葉もパソコンのワープロソフトで初めて覚えた英語だ。文や行の初めを一定字数下げることで、印刷関係では、昔からそのまま「インデント」として使われていた。パソコンが普及しなかったら、私と同じように多くの人が知らずに終わった言葉の一つであろう。 indentと同じ「へこみ」という意味でindentation という言葉もある。この言葉に出会ったのは、ウイリアム・フォークナーの短編小説『A Rose for Emily 』(エミリーにバラを)の中である。アメリカ短編小説の白眉とされるこの小説の最後にindentationが出てくる。 ベッドの上に二つ並んだ枕の片方には、頭一つ分の「indentation」があり、その上に長いiron-gray
hair(鉄灰色の髪の毛)があった、という記述でこの小説は終わる。隣の枕にあったものは想像を絶するものであるのだが、それを書いては、この小説の種明かしになってしまうので記さないが、indentation と iron-gray
hair という二つの言葉がこの小説の中で意味するものを考えたとき、私は震え上がった。心中の感動の渦は小説を読み終わった後も数日間退かなかった。
結末を知った後で、読み返してみると、この作品中の一つ一つの言葉が抜き差しならぬ意味を持っていることに気付く。そのどの一つが欠けても作品全体が成り立たないと思われるほどである。その最たるものが「indentation」である。
|
![]() |
![]() |
ことば目次へ | ![]() |