2) Qu'est-ce que etage Monsieur? (Quel etage Monsieur?)
  :何階ですか、おじさん?
 
 ジュネーブに半年ほど滞在していたときのことだ。ある時、住んでいたペンションのエレベータに乗った瞬間、扉のところにいた少年が私に言ったのが上の言葉だ。何のことだろうと思ったが、すぐに英語で言えば「What floor sir?」(何階ですかおじさん)という意味だと分かった。私の降りる階のボタンを押してくれるつもりだったのだ。私はとっさに7階というフランス語が出なくて、自分で押した。12、3才の色の白い、可愛い少年だっただけに、せっかくの親切心に応えてやれなかったことが一層悔やまれた。
 ジュネーブは4カ国語が公用語であるスイス中で、フランス語圏に属する。私は事前にフランス語の初歩をかじっていったが、全く役立たなかった。25年経った今では、教科書で習ったフランス語の文例はことごとく記憶に残っていないが、Qu'est-ce que etage Monsieur? というあの少年の言葉だけは、はっきりと残っている。
 
 言葉というのは、何気ない日常の経験から覚えていかなければ身につかない。言葉の記憶は、その言葉が発せられた状況の記憶と強く結びついている。
  せっかく身についた唯一ともいえるフランス語だから、パリあたりのホテルで、乗り込んできた若い女性に「Qu'est-ce que etage Mademoiselle?」と語りかけ、エレベーターのボタンを押してやればカッコいいのだろうが、そんな経験はない。
 
寄せられたコメント                     04−01−07up
 
 このページを見て、フランス語に堪能な知人の岡本さんからコメントが寄せられた。岡本さんは Qu'est-ce que etage Monsieur? という言い方はなく、Quel etage Monsieur ? と言うと指摘された。Qu'est-ce que は英語のwhatで、Quel は英語のwhichに相当するとのことだから、岡本さんの言っていることが正しいと思う。私の聞き間違え、あるいは思い込みで「Qu'est-ce que etage Monsiuer? 」として覚えてしまったのだろう。とは言え、これが私の思い込んでいた言葉であるので、見出し語にはそのまま訂正せず、岡本さん指摘の正しいフランス語を括弧書きで追加させていただいた。パリのマドモアゼルに不正確なフランス語を使う機会がなかったのは、かえってよかったのだ。


ことば目次へ