「ソメイヨシノ」はどこからやって来たのか

毎年繰り返されるソメイヨシノの韓国起源説。いまでは妄説と確定しているのだが、その科学的論拠と、そもそものソメイヨシノのルーツについて詳説した読売新聞の記事があるので紹介する。またこれまで中国でも、韓国に肩入れする妄説が跋扈していたが、そのお膝元でもはっきりソメイヨシノは日本で生まれたとする科学者の論説がでているので併せて紹介したい。もしいまだにソメイヨシノ韓国起源説、あるいは中国起源説を云々する輩がいたら、DNA分析に基づきはっきり「日本独自のもの」と断定されている、この二本の記事を見せてやってもらいたい。

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ソメイヨシノ満開
ソメイヨシノのルーツを探る

桜の開花が待ち遠しい季節になった。桜の中でも公園などで私たちが花見を楽しんでいるのは、ほとんどがソメイヨシノで、北海道から九州まで全国で一番広く分布している。そのソメイヨシノの生い立ちが、植物学者の研究によってだんだんとわかってきた。「ソメイヨシノの起源」は、実は100年以上前から科学者が関心を寄せていたテーマで、おとなり韓国の桜にも関係があるという。日本の春を象徴するあの淡い色あいの花はどのように生まれたのか。読売新聞調査研究本部で科学を担当する佐藤良明主任研究員が、ソメイヨシノの誕生を探る旅にご案内する。

桜ほど日本人にとって思い入れの深い花はないだろう。花見はもちろんのこと、入学式の校庭に咲く桜を思い出す方も多いに違いない。桜にちなんだヒット曲がいくつも挙げられる。
多くの文学作品に登場し、様々なデザインに採用されている。人の名前にもなる。映画「男はつらいよ」の主人公・寅さんの妹「さくら」はあまりにも有名だ。現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」でも、ヒロイン坂東すみれの娘に「さくら」の名前がついている。国民的な人気がある特別な花なのだ。日本の国花は、法律で定めたり、学会が決めたりという公式なものはないが、広辞苑などによれば、桜と菊が事実上の国花とされている。

そもそも桜には人の手が加わっていない野生種と、人の手で増殖する栽培品種がある。そして野生種にも、種間雑種といって人の手は経ないものの自然の中で違う種が交配して誕生するものがあるのでややこしい。ヤマザクラやシダレザクラ、カスミザクラなど、皆さんは桜の名前をいくつ挙げられるだろうか? 野生種・栽培品種を合わせると300種類以上といわれている。

その中で特に私たちになじみ深いのがソメイヨシノだ。全国の公園や街路、堤防に植えられている桜のほとんどを占める。ヤマザクラやシダレザクラなどが大半を占める京都市(京都御所周辺)のように例外エリアはあるものの、私たちが桜と言った時には、ふつうはソメイヨシノをイメージする。

ソメイヨシノの始まりは江戸・染井村の吉野桜

染井吉野発祥の地記念碑
JR駒込駅に近い染井吉野桜記念公園にある発祥の里記念碑
ソメイヨシノの原産地ははっきりわからないが、江戸時代、植木職人が多く暮らしていた染井村(現在の東京都豊島区駒込付近)から売り出された「吉野桜」が始まりと考えられている。奈良県の桜の名所・吉野山にちなんだ名前の付け方で、ブランド戦略の一種なのだろう。JR駒込駅の近くには、発祥の地をPRする記念碑もある。

ソメイヨシノの名前が初めて文献に記録されたのは1900年(明治33年)にさかのぼる。東京帝室博物館(現在の東京国立博物館)の藤野寄命という人物が、日本園芸会雑誌で命名を報告した。上野公園に多く植えられていた「吉野桜」とされる桜を詳しく観察したところ、吉野山に多いヤマザクラとは花と葉の形態が異なっていることに気がついた。吉野桜と呼ばれているが本当は違うのではないか。藤野はそう考えた。そして、染井村から売り出された吉野桜という言い伝えを古老から聞き、二つの名前を合わせて「ソメイヨシノ」と名前をつけたのが始まりだった。

成長早く、花が大きく、見栄えよし

ソメイヨシノの増殖は接ぎ木の手法をとっている。増やしたい親木から「穂木」という枝を切り、台木と呼ばれるソメイヨシノの木につなぎ合わせて育てるやり方だ。木が大きくなったら、そこからまた穂木を採取して接ぎ木して育てる、という手順を繰り返していくため、全国のソメイヨシノは遺伝子がどれも同一のクローンだ。ソメイヨシノ登場以前に桜の代名詞だったヤマザクラは、花見ができるほど多くの花がつくサイズ(高さ10メートル前後)まで成長するのに10年はかかるが、ソメイヨシノは5年ほどで見栄えのするサイズに育つ。成長が早くて花が大きく見栄えがいい。この特徴は花見の名所を作る側からすれば好都合だ。これが明治時代以降、ソメイヨシノが全国に普及した理由とされている。

明治期からずっと続く起源探し
エドヒガンとオオシマザクラ
エドヒガン(上)とオオシマザクラ(下)=森林総研提供

ソメイヨシノの名前が世に出てからも、生い立ちを探る研究は、明治から大正、昭和、平成と120年近く続いてきた。植物学者たちは花や葉の形態を調べたり、交配実験を行ったり、分子生物学の進展に伴ってDNAを分析したりと、その時代に合った様々な手法で取り組んできた。一連の研究を時代ごとに振り返ってみよう。

【明治期】 原産地のわからない野生種説

1901年(明治34年)、東京大学の松村任三博士によって、ソメイヨシノの「プルヌス・エドエンシス」(Prunus yedoensis)という学名が発表された。プルヌスはサクラの属名、エドエンシスは江戸という場所で見つかったことを意味する種名だ。ただし、この頃はまだ野生の桜について研究が深まっておらず、ソメイヨシノも原産地がはっきりわからない野生種の一つと考えられていた。

【大正期】 エドヒガンとオオシマザクラの雑種説

大正時代には、花や葉の特徴を手がかりに「染井村の吉野桜」の正体を推定する植物学者が出てきた。

屋久島にウィルソン株という屋久杉の巨大な切り株がある。米国の植物学者E・H・ウィルソン博士が報告したことからこの名前がついているが、このウィルソン博士が1916年(大正5年)に、ソメイヨシノは野生種のエドヒガンとオオシマザクラの雑種であるとする説を発表している。しかし当時の植物分類学では雑種という考え方は奇異で、ウィルソン説は無視されていた。


【昭和期・戦前】 韓国・済州島起源説

エイシュウザクラ
エイシュウザクラ(森林総合研究所提供)
昭和になると、韓国・済州島起源説が提唱された。植物分類学の第一人者だった小泉源一・京都帝国大学教授が、済州島産の桜の標本にソメイヨシノに似たものを見つけた。この桜は古くから同島で見られたといい、地元ではワンボナムと呼ばれていた。1932年(昭和7年)、小泉博士は済州島を現地調査し、ワンボナムの自生を確認。ワンボナムを済州島の古い別名エイシュウ(瀛州) からとったエイシュウザクラと呼んだ。また、日本に生えているのと同じソメイヨシノも済州島に自生していたと報告。そのうえで、同島から日本に移入されたものではないかと推定した。


【昭和期・戦後】 雑種説を交配実験で確認

ヤマザクラとオオヤマザクラ
ヤマザクラ(写真上)とオオヤマザクラ(同下)(ともに森林総合研究所提供)
この済州島起源説は、植物分類学の権威が唱えただけに学界でも有力視されてきたが、戦後の1960年代になって見直されることになる。野生の桜の研究が進み、日本には10の野生種があることがわかっていた。前出のエドヒガン、オオシマザクラのほか、ヤマザクラ、カスミザクラ、オオヤマザクラ、マメサクラ、タカネザクラ、チョウジザクラ、ミヤマザクラ、カンヒザクラで、この中からソメイヨシノの両親を探す科学者が出てきた。

国立遺伝学研究所(静岡県三島市)の竹中要博士は戦後、桜の人工交配実験を様々に行い、花や葉の形態的特徴を観察して、ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの雑種とみられると1962年に報告した。竹中博士は遺伝研の敷地内に、人工交配によって作りだした桜や各地の桜を植えて観察を行っていた。現在では立派な桜並木になり、「遺伝研の桜」といえば地元では知らない人がいないほど有名な花見の名所になっている。

【平成期】 DNA分析で裏づけ

平成の時代に入ると、ソメイヨシノの生い立ち研究は新たな段階を迎える。分子生物学の発展によって、DNA分析で雑種説を裏づける研究が登場してきた。花や葉の形態を調べる過去の研究でソメイヨシノは雑種という考え方が定着してきたものの、本当にそうなのか、「他人のそら似」ということはないのか、最新のDNA分析で科学的に確かめてみようというわけだ。

桜の栽培品種は、いい性質をそのまま引き継ぐため、接ぎ木という人為的な方法で増やすことが多い。とはいえ、ソメイヨシノのような栽培品種であっても、もとをたどれば自然界で、ある桜の雄しべで作られた花粉が、風や虫によって別の桜の雌しべに運ばれ受粉して、というプロセスを経て誕生したと考えられている。ソメイヨシノの父親(花粉を飛ばした個体)と母親(受粉した雌しべを持つ個体)をDNA分析で推定できないのだろうか。

先駆けとなった京都大学グループの研究(1996年)でわかったのは、ソメイヨシノの母親がエドヒガンということだった。どのように調べたのだろう。通常の細胞核DNAとは別に、細胞内の小器官にある独自のDNAをみる手段があるのだ。例えば光合成を担う葉緑体(小器官)にあるDNAは、母方からのみ遺伝する特徴を持つ。細胞核のDNAは、父親のDNAと母親のDNAがどうブレンドされて遺伝するかは偶然に左右されるが、この葉緑体DNAは、どの種が父親であろうと変わることなく子に遺伝する。比べてみるとソメイヨシノとエドヒガンの葉緑体DNAは一致する。これでエドヒガンが母親だということが突き止められた。

ヤマザクラも交ざっている可能性

2014年、森林総合研究所の研究グループは、ソメイヨシノのDNA分析を行い、DNAの塩基配列に見られる特徴的な繰り返し配列部分を26か所にわたって分析し、ソメイヨシノの遺伝子がどういう集団に由来するのかを調べた。その結果、エドヒガン由来の可能性が一番高く、次いでオオシマザクラ由来の可能性が考えられた。三番目にはヤマザクラに由来する可能性も、DNAの特徴から推定できることがわかった。

勝木俊雄博士
桜博士の勝木俊雄さん
研究グループの勝木俊雄博士(49歳)(同研究所多摩森林科学園サクラ保全担当チーム長)は、約25年にわたり桜の研究に取り組んでいる第一人者。岩波新書「桜」を著し、科学番組では桜博士と紹介されている。ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの雑種とこれまで考えられてきたが、DNA分析の結果から勝木さんは「おそらく、オオシマザクラにヤマザクラが少し交ざったものと、エドヒガンから生まれたのではないか」とみている。

勝木さんたちの研究グループは昨年12月、国際植物分類学連合の発行する専門誌に、ソメイヨシノなどサクラ類の交雑種の分類について整理した論文を発表した。

済州島のエイシュウザクラはソメイヨシノの起源だとする昔の説が韓国では今も信じられており、勝木さんは韓国のメディアからその件で取材を受けたこともある。学界でも、エイシュウザクラにソメイヨシノの学名「プルヌス・エドエンシス」をそのまま使ったうえで、同じ仲間ながら少しだけ違うソメイヨシノの「変種」と位置づけていて混乱していた。

そこで今回の論文では、済州島の現地調査と形態学的な検討を踏まえ、エイシュウザクラ(瀛洲桜)はエドヒガンとオオヤマザクラの種間雑種と位置づけ、エドヒガンとオオシマザクラの種間雑種(ソメイヨシノ)とは厳格に区別した。勝木さんによると、国際組織の専門誌に論文を掲載したことで、学問的には「ソメイヨシノとエイシュウザクラは別物」ということが決着し、ソメイヨシノは純日本産であり、まさに「日本の桜」だと位置づけられるという。

生い立ち調べるのは植栽管理のため

それにしても、科学者はどうしてソメイヨシノの生い立ちを調べるのだろう。勝木さんによれば、理由は二つある。ソメイヨシノは全国の公園や街路、堤防などに植えられており、植栽管理の必要がある。病気に強いのか弱いのか、低温や乾燥といった環境条件でどの程度耐えられるのかなど、ソメイヨシノの特徴を理解しておく必要がある。由来をはっきりさせることは、ソメイヨシノの性質を知る基礎データ集めの作業だという

そして、もう一つは純粋に科学的な興味。人の手で増やされているこれほど身近な植物がどういう生い立ちなのか気になる、ということだ。

ここまで、ソメイヨシノの起源を探る研究を紹介してきたが、ソメイヨシノとヤマザクラなど他の桜を見分けることはできるだろうか。専門家は、花の色、咲くときに葉が出るかどうか、生えたばかりの葉(若葉)の色などの特徴から識別しているが、素人目にはなかなか違いがわかりにくい。

そこで勝木さんに、簡単な見分け方を教えてもらった。ポイントは花の色と、若葉だ。カッコ内は分布域。

ヤマザクラ(東北南部〜九州)=白い花、赤い若葉

カスミザクラ(北海道〜九州北部)=白い花、褐色・黄緑色の若葉

オオヤマザクラ(北海道〜九州)=赤みのある花、赤い若葉

オオシマザクラ(伊豆諸島、伊豆半島など)=白い大きな花、緑の若葉

エドヒガン(本州〜九州)=赤みのある小さい花、花が咲いた時には若葉は出ない

ソメイヨシノ(北海道南西部〜九州)=赤みのある大きい花、若葉は出ない

花見の時に、「おやっ、ソメイヨシノとちょっと違うんじゃないかな」と気づくことがあったら、花と葉の特徴からどの種なのか見分けるのもちょっと面白い。

(2017年3月19日 読売新聞)

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桜の起源は日本である=中国専門家の「驚くべき」発言

リウ・スー
劉夙(リウ・スー)氏
2015年3月31日、中国のインターネット上に、中国科学院植物研究所の劉夙(リウ・スー)氏が桜の起源に関して記した文章が掲載された。

毎年、春になると、東アジアで桜の開花と共にメディアをにぎわすのが桜の起源の問題である。中国は今年、「両会(全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)」の期間中に、委員から桜の産業を発展させる提案がなされた。また、韓国が先日、ソメイヨシノの起源は韓国であると主張。この問題に中国桜花産業協会の代表が「桜の起源は日本でも韓国でもなく、中国である」という驚くべき発言をした。実は、桜の定義をはっきりさせれば、科学的にはそれほど論争になるはずがないのである。

「桜」は学術的にはバラ科モモ亜科スモモ属であり、多くの品種の総称である。しかし、一般に言われる「桜」は人工的に作り出され、広く栽培されている品種のことを指す。そのため、野生の桜と人工の桜は科学的にはまったくの別物である。人工的に栽培された桜は、品種が非常に多いため、いくつかの種類に分けられる。カワヅザクラに代表される早咲き種、ソメイヨシノに代表される中咲き種、カンザンザクラに代表される遅咲き種など、開花の時期によって分類する方法もあれば、桜の花の直径などによる分け方もある。

現在では、さまざまな品種があるが、その祖先である野生の桜の種類は多くない。すべての人工栽培の桜は、野生種をかけあわせて生まれたものだ。そのため、人工の桜の起源を論じるときは、その祖先に当たる野生の桜の種類を調べければならない。

自信を持って言えることは、人工栽培の桜のほとんどが、オオシマザクラ、カスミザクラ、ヤマザクラ、エドヒガンザクラ、カンヒザクラの5つの野生種から生まれているということである。この5種のうち、カンヒザクラを除く4種は日本の野生に分布しているもので、オオシマザクラは伊豆や房総半島が原産の日本の固有種だ。

オオシマザクラは人工栽培の桜の「核」と言っていいもので、多くの種類がこのオオシマザクラの血統を有している。たとえば、カンヒザクラ、ヤマザクラ、エドヒガンザクラを、それぞれオオシマザクラとかけあわせて生まれたのが、カワヅザクラ、カンザンザクラ、ソメイヨシノである。つまり、現代の人工栽培された桜の品種は、明らかに日本の特色を有している。これらの種類は、その核となるオオシマザクラさえ分布していない中国では、誕生することはほぼあり得ないのである。

上記の5種類の祖先に当たる桜のうち、カンヒザクラは沖縄県の石垣島に分布していたが、これはおそらく中国華南から伝わったもので、日本原産ではない。しかしながら、カンヒザクラは長きにわたって中国で開発されてこなかった。日本に伝わり、日本人の手によって初めて、人工栽培の桜のシステムの中に組み込まれた。カンヒザクラの血統を持つ品種であっても、その起源は中国ではなく日本であると言うことができる。

野生の桜の起源はまったく別の問題である。もちろん、現生する100余りの野生種の原産はヒマラヤ山脈地域で、それが現在の日本列島に伝わったとされているのは確かだが、これらは国も人間も存在しない数百万年前のことである。桜の起源を主張する中国人は、多く日本の「桜大鑑」の「桜の起源はヒマラヤ地域」という記述を証拠としている。しかし、それは野生の桜の起源であり、人工栽培された桜の起源ではない。つまり、一般の人が理解している「桜」の起源ではないのだ。一部の専門家はこの点を混同して人々に誤解を与えている。

人工栽培の桜の起源をめぐる日韓の争いについては、問題は異なる。韓国人の主張は確かに科学的な仮説として存在したのだ。韓国の済州島と全羅南道南部には野生の「王桜」があり、形はソメイヨシノと非常によく似ている。そのため、1932年に日本の植物学者・小泉源一氏が「ソメイヨシノの起源は王桜である」との仮説を立てた。しかし、その後、ソメイヨシノがオオシマザクラとエドヒガンザクラをかけあわせたものであるという証拠が次々と見つかった。2007年には分子研究の結果、王桜とソメイヨシノは別の種であると証明されている。この時点で、小泉氏の仮説は否定されており、これを再び持ち出すことは科学の精神に反する。

「Flora of China」の統計によると、中国には38種の野生の桜があり、29種が中国固有種である。しかし、中国伝統文化の中で桜は重視されてこなかった。われわれは、桜の文化を世界に広めたのは中国人ではなく、日本人である(韓国人ではもちろんない)ということを認めなければならない。もし、中国の桜産業が「桜の起源は中国で、後に日本に伝わった」という立場を取り続けるなら、少なくとも私はそうした宣伝やその裏にある意図に嫌悪感を抱かずにはいられない。

桜の起源を簡単に説明せよと言われれば、「人工栽培された桜の起源は日本であり、他国は口出しするな」としか言いようがないのである。(Record china 2015年4月2日)