寺山修司は「競馬を文芸にした奇才」と呼ばれる。サイトの亭主がインタビューしたのも当時記者をしていた夕刊フジ競馬面の取材のためだった。 こっちはさほど競馬に詳しくはない報道部だったので情緒的に展開する馬の評価についていけないほど饒舌だった。

 
寺山修司
競馬を文芸にした寺山修司

例えば、戦後初の三冠馬シンザンに負けつづけたウメノチカラについての書いたくだりでは「小学校時代の同級生に梅野力という男がいた。(略)成績はクラスで最低で、走るのは極端に遅く、運動会ではいつもビリだった。(略)私は中山競馬場の三歳オープン戦で、同級生の梅野と同姓同名のウメノチカラという馬を発見した」といった書き出しである。

 
ハイセイコー"
ハイセイコー

その寺山に「さらばハイセイコー」という作品がある。今なお名作として競馬ファンは口づさむ。

▼沖縄が日本に返還された昭和47年、地方競馬の大井競馬場でデビューしたハイセイコーは、圧倒的な強さで連勝を重ね、中央競馬(現JRA)に移籍した。当時は中央と地方の「競馬格差」は、歴然としており、「中央では無理だろう」と陰口をたたかれた。それでも連勝は止まらず、クラシックの皐月賞でエリート馬たちを蹴散らし、大ブームを巻き起こす。

▼ときあたかも高等小学校卒の学歴で出世街道を駆け上がった田中角栄が首相だった時代。右肩上がりの世相にハイセイコーは、ピタリとはまった。日本ダービーで熱狂は頂点に達し、「ハイセイコーが負けると予想することは、競馬をとりまく空気全体を敵に回すようなものだった」(『あの頃、VANとキャロルとハイセイコーと…since1965』)。

▼だが、敗れた。だからこそ神話となった。寺山は彼の引退後、こうつづった。「ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない ハイセイコーがいなくなっても 全てのレースが終わるわけじゃない」(「さらばハイセイコー」)。

▼あれから半世紀。マスク着用の大観衆が集った今年のダービーは、53歳の武豊が騎乗した良血馬が制し、静かに沸いた。熱狂の時代が去っても競馬も人生も続く。未練がましくスマホで馬券が外れたのを確かめ、寺山の時代に軽く嫉妬した。(「産経抄」2022年5月30日)

 

ハイセイコー顔"
ハイセイコーの顔写真はなかなかない。
サンケイスポーツの特集号から
(下記の「さらばハイセイコー」のテキストもここから)
ハイセイコーが引退した時、ポリドールから引退記念レコードが発売された。その中で寺山は「ふりむくと・・・」を朗読している。音源が紹介できないので全文を以下に記す。


 
ハイセイコー"
中央初登場の弥生賞でのハイセイコー(1973年3月)

 さらばハイセイコー    寺山修司

 


                         ふりむくと
                                  
                        一人の少年が立っている
                        彼はハイセイコーが勝つたび
                        うれしくて
                        カレーライスを三杯も食べた

 
                        ふりむくと

                        一人の失業者が立っている
                        彼はハイセイコーの馬券の配当で
                        手鏡を買ってやった

 

                        ふりむくと

                        一人の足の悪い車椅子の少女がいる
                                                彼女はテレビのハイセイコーを見て
                        走ることの美しさを知った

 

                        ふりむくと

                        一人の酒場の女が立っている
                        彼女は五月二十七日のダービーの夜に
                        男に捨てられた

 

                        ふりむくと

                        一人の親不幸な運転手が立っている
                        彼はハイセイコーの配当で
                        おふくろをハワイへ
                        連れていってやると言いながら
                        とうとう約束を果たすことができなかった

 

                        ふりむくと

                        一人の人妻が立っている
                        彼女は夫にかくれて
                        ハイセイコーの馬券を買ったことが
                        たった一度の不貞なのだ

 

                        ふりむくと

                        一人のピアニストが立っている
                        彼はハイセイコーの生まれた三月六日に
                        交通事故にあって
                        目が見えなくなった

 

                        ふりむくと

                        一人の出前持ちが立っている
                        彼は生まれて初めてもらった月給で
                        ハイセイコーの写真を撮るために
                        カメラを買った

 

                        ふりむくと

                        大都会の師走の風の中に
                        まだ一度も新聞に名前の出たことのない
                        百万人のファンが立っている
                        人生の大レースに
                        自分の出番を待っている彼等の
                        一番うしろから
                        せめて手を振って
                        別れのあいさつを送ってやろう
                        ハイセイコーよ
                        お前のいなくなった広い師走の競馬場に
                        希望だけが取り残されて
                        風に吹かれているのだ

 

                        ふりむくと

                        一人の馬手が立っている
                        彼は馬小屋のワラを片付けながら
                        昔 世話をしたハイセイコーのことを
                        思い出している

 

                        ふりむくと

                        一人の非行少年が立っている
                        彼は少年院のオリの中で
                        ハイセイコーの強かった日のことを
                        みなに話してやっている

 

                        ふりむくと

                        一人の四回戦ボーイが立っている
                        彼は一番強い馬は
                        ハイセイコーだと信じ
                        サンドバックにその写真を貼って
                        たたきつづけた

 

                        ふりむくと

                        一人のミス・トルコが立っている
                        彼女はハイセイコーの馬券の配当金で
                        新しいハンドバックを買って
                        ハイセイコーとネームを入れた

 

                        ふりむくと

                        一人の老人が立っている
                        彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ
                        やけ酒を飲んで
                        終電車の中で眠ってしまった。

 

                        ふりむくと

                        一人の受験生が立っている
                        彼はハイセイコーから
                        挫折のない人生はないと
                        教えられた

 

                        ふりむくと

                        一人の騎手が立っている
                        かつてハイセイコーとともにレースに出走し
                        敗れて暗い日曜の夜を
                        家族と口をきかずに過ごした

 

                        ふりむくと

                        一人の新聞売り子が立っている
                        彼の机の引き出しには
                        ハイセイコーのはずれ馬券が
                        今も入っている

 

                        もう誰も振り向く者はないだろう

                        うしろには暗い馬小屋があるだけで
                        そこにはハイセイコーは
                        もういないのだから

 

                        ふりむくな

                        ふりむくな
                        うしろには夢がない
                        ハイセイコーがいなくなっても
                        すべてのレースは終わるわけじゃない
                        人生という名の競馬場には
                        次のレースをまちかまえている百万頭の
                        名もないハイセイコーの群れが
                        朝焼けの中で
                        追い切りをしている地響きが聞こえてくる

 

                        思いきることにしよう

                        ハイセイコーは
                        ただの数枚の馬券にすぎなかった
                        ハイセイコーは
                        ただひとレースの思い出にすぎなかった
                        ハイセイコーは
                        ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった
                        ハイセイコーはむなしかったある日々の
                        代償にすぎなかったと 

                        だが忘れようとしても

                        眼を閉じると
                        あのレースが見えてくる
                        耳をふさぐと
                        あの日の喝采の音が
                        聞こえてくるのだ
 
ハイセイコー像"
ハイセイコーの馬産地、北海道日高の新冠駅にあるハイセイコーの像。訪ね来る人が絶えない。